服部醸造 百年の歴史

 八雲町の発展は明治11年、徳川御三家のひとつである尾張藩の旧臣が、北海道開拓のために入植したという歴史から始まります。
昭和2年、服部醸造が地元八雲で味噌・醤油の醸造会社として創業した際には、先祖代々が尾張藩に仕えていたことが縁で、徳川家が所有していた商標であるを引き継ぐことになりました。

 時を経て平成17年に八雲町は旧熊石町と合併、食資源がさらに豊かさを増したことで、当社では原料のすべてを八雲町で調達した味噌づくりを行うための検討を始めました。開発者は言います。「日本海と太平洋というふたつの海に勇壮な山々、美しい清流。醸造会社として、こんな素晴らしい自然に恵まれた地の素材を集めて味噌を作らない手はないと思いました

開発の道のりは、
開拓の歴史にも似て

 しかし、原料のひとつであるうるち米の調達に関しては意外な苦労が。八雲では元来、味噌には適さないもち米の生産が主流だったのです。そのため、良いうるち米を求めて近隣の生産者を訪ね歩く日々が続きました。その結果、熊石側の相沼という山と海が一望できる美しい地域で、良い生産者との出会いに恵まれました。それは、商標を授けてくれた徳川家がかつて、この地で苦難を伴いながら歴史の一歩を踏み出したように、八雲でしか出来ない八雲ならではの味噌づくりが大きく前進した瞬間でした。